人と比べてしまう自分がしんどくて、片付け始めてみた

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目次

  • はじめに
  • 人と比べてしまう自分がしんどくて、片付け始めてみた
  • おわりに

はじめに

皆さんこんばんは。中野 心乃華です。

このサイトでは、私がタングドラムについて学んだこと、

感じたことなどを綴っています。


人と比べてしまう自分がしんどくて、片付けを始めてみました。

片付けてもその後リバウンドしてしまう理由について、

自分なりに考えたので、紹介してみようと思います。

是非最後までご覧ください。

それでは早速、始めていきましょう。

人と比べてしまう自分がしんどくて、片付け始めてみた

だんだん虫たちの声が、秋の虫たちに変わっていく。

季節は移り変わっていくけれど、自分って何も変わってない。

そんな漠然とした不安を抱えていた。


今年の秋は、どんな風に過ごそうかな?と考えた時に、

「あっ、片付けよう!」って思った。


いつも一年の終わりに「大掃除」はしていた。

でも、冬より秋の方が季節も過ごしやすいし、片付けには向いている気がした。


私は、片付けが苦手。


物を手放すことが苦手。


手放せないために、ごちゃついてしまった部屋で、

探し物をする日々が続いてしまうのだった。


そして、「時間がない」

「あぁもっと時間があったら、こんなことも出来るのに。あんなことも出来るのに」

とボヤいたりする。




「好きなものに囲まれた生活」に憧れるけど、

現実は、片付ける時間も取れずに、ただ毎日が過ぎていくだけだった。


思いきって、大掃除、お片付けに取り組むことにしてみた。


「モノ」に囲まれることを願うよりも先に、

「嫌なモノ、嫌なことを減らしてみよう!」と思った。



明らかなゴミから片付ける。

1年以上使っていないものは処分する。


そんな感じで取り組んでみる。


すると、シャーペンの芯が2個あるとか、

謎に2個同じものを買っていたりすることに気づく。


「もったいない」ことしたなぁ。



見つけられず、もう1個買ってしまったのか、

それとも不安のためにストックとして予備を買ってしまったのか。


こんなに物が豊かにある時代に、

なぜそこまで急激に減ることのないシャーペンの芯を2個も買ってしまったんだろう。


ちょっとクスッと自分のことを笑えた。


沢山の片付け関連の本を読んで、実際に片付けてみるけど、

結局リバウンドに苦しんできた。

一体なぜ、リバウンドしてしまうんだろう?



理由の1つとしては、

「何がどこにあるかわかっていない」ことが挙げられると思う。

つまり、わかる量だけの物にしていないということなのだ。

うう。自分で言ってて耳が痛い。

今後は、なるべく予備は買わないようにしてみよう!



2つ目としては、「ないない」と不足感から買っていたのではないかと思う。

「ある」ということに目を向けられず、

私には足りない所がいっぱいある。

「〇〇を買えば幸せになれるんだ」なんて思考で買い物したり、

物をストックしていたのかもしれない。( ; ; )

今この瞬間を考えてみると、そんなに沢山のものは必要ないのに。

例えば、ビニール袋をストックしてみたり、

使いきれないほどの輪ゴムをいっぱい集めたりしていた。


「大丈夫。私には必要なものはあるんだ」と自分に言い聞かせて、

少しずつ「不足感」を手放していきたい。



3つ目としては、「幸せは感じるもの」なのに、「幸せになろう」としていたから。

誰々が〇〇を持ってるんだって。あっ、私も欲しい。

きっとそれを買えば、私は幸せになれるんだ。と思ってみたりして、

収集癖を発揮して、集めてみても、

物が増えたからといって、幸せが二倍三倍に増えるか?と問われたら、そうでもなかった。

むしろ、2番目で話した「不足感」に襲われ、

もっと買わなきゃ、もっと集めなきゃと、

強迫観念のようなものに、いつの間にか襲われ続けてしまうのだった。



「恋人ができれば幸せになれる」

「家庭を持てば幸せになれる」

「家を買えば幸せになれる」

「車を持てば幸せになれる」

なんて昔から言われている一般常識的な言葉に翻弄されすぎてきたのかもしれない。


「何者かになろう」としなくても、

「今生きている」というそれだけで十分幸せだと感じられれば、それでいいのだ。



物事の良い面を見出せず、いつも悪い面ばかり気になってしまって、

「あぁなんて最悪な人生なんだ」って愚痴ばかり言ってたら、

どんどん不幸になっていく。



「戦時中の人じゃないんだから」と馬鹿にされたっていい。

「今日も生きられたこと」「今日もご飯を食べられること」に感謝するなど、

小さな小さな幸せ探しの名人を目指そう!



ダメな自分も、自己肯定感が低い自分も、頑張り屋な自分も、

どんな自分だって、「自分なんだ」って胸を張って生きられれば、

きっと人と比べずに済むようになるんじゃないか?って今は思っている。

おわりに

いかがでしたか?



高性能画像生成A I「スティブルディフュージョン」が現れ、

A I (人工知能)によって人間が指示した条件を満たした絵が描ける

「おえかきAI」がオープンソース化されたと知った。



それは例えば漫画家のアシスタントさんが、

何年もかかって習得する背景画像を描く技術を、

AIなら一瞬で習得して描き上げてしまうとのことだ。



今までの人生での大半を、

私はいかに人と同じように出来るようになるかを考えて生きてきた。



そして、他の人と同じように出来ないことに苦しみ、

「もっと努力が必要だ」などと言われて、

出来ないことを改善するため全力で頑張るけど、さほど成果も上がらず、

もっと自己肯定感を下げていくばかりだった。




AIが生まれ、正解はAIがやってくれるのであれば、

私は私のままで突っ走ってもいいのかもしれないと思えた。




タングドラムという楽器は、珍しい楽器すぎて、

日本で「タングドラム奏者」って、ほとんどいない。

だから、どうやって演奏するかとか、

どういう曲を弾くのかとか、

どんな楽譜を作るかなど、

前例がないから自分で考えて、自分なりの解を出して進んできた。



沢山の情報が溢れかえっているはずの世界なのに、

タングドラムの情報は、ほとんどないというか、私にはまだ見えていない。



未知の領域というか、まだ見ぬ世界ゆえの面白さ、

ワクワク感が私にはたまらない。


もっと自分と向き合って、

もっと自分の追求する音、音色、音楽、感情を表現できるように

一生勉強を続けていこう!



世阿弥の本「花鏡」の「命には終わりあり、能には果あるべからず。」という言葉が好きだ。

限りなく芸の向上を目指す世阿弥の姿勢を尊敬し、

壮大ではあるが、私も人生をそのように生きたいと願っている。



では、また次回のブログでお会いしましょう。

ごきげんよう。

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